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伊自良南小学校のようす

記事ID:0005220 更新日:2020年2月26日更新

山県市立伊自良南小学校のようす

伊自良南小学校の歴史

 
明治 6年(1873)  3月  浚明学校(しゅんめいがっこう)と称し開校。
明治24年(1890)10月  濃尾大地震により校舎倒壊。明治25年3月まで休校となる。
明治25年(1891)  4月  大森尋常小学校と称す。
明治32年(1899)  4月 大森高等小学校、併設される。
明治43年(1910)  4月 大森尋常高等小学校と称す。
昭和 2年(1927)  4月 下伊自良尋常高等小学校と称す。
昭和16年(1941)  4月 下伊自良国民学校と改称す。
昭和22年(1947)  4月 下伊自良小学校と改称す。
昭和30年(1955)  4月  伊自良南小学校と改称す。

 明治24年には、伊自良村を横断する根尾谷断層を中心とする濃尾大地震により、村内の建物をはじめ、学校も倒壊する。このような災害にも負けず、以後たくさんの児童を育ててきた。昭和30年(1955)、村内の合併により、伊自良南小学校と改称して、現在まで128年の歴史がある。

 伊自良地域には、縄文の時代から人が住んでいる。大門地区には古墳群があり、その足跡が見られる。三方を山に囲まれ、村の真ん中に伊自良川が流れている自然豊かなところである。昔からの生活を守りつつ、今の時代を見越した生活が営まれている。最近は、新しい家が建ちはじめ、岐阜市のベッドタウンとして注目されはじめている。児童数も、年々増えています。
学校の教育目標「やさしく かしこく たくましく」のもと、本校は道徳の研究を継続して行ってきた。また、AETによる国際理解教育、平成8年度にはコンピュータの本格的な導入(21台)により、情報教育にも取り組みはじめた。平成9年度は特別教室の増築工事が始まり、新しい時代を見越した学校作りが始まっている。

児童数

2020.2.現在
  合計
1年 9 12 21
2年 7 11 18
3年 5 8 13
4年 8 11 19
5年 12 7 19
6年 7 5 12
特別支援 3 0 3
合計 48 54 105

伊自良南小学校校歌

作詞 藤村 耕一  作曲 小森 幸彦

 

すいらん四方に 起伏して

ふもとを走る 伊自良川

げにうるわしの わが郷土

ここに われらの

ここに われらの 南小

 

気高き人の 尊さを

この学び舎に 重ねつつ

いざや励まん われらみな

みがけ われらの

みがけ われらの 南小桜

 

学びのわざに いそしみて

伝えは古き 大森校

栄えある歴史を うけつぎて

ここに われらの

ここに われらの 南小