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大桑城跡が国史跡に指定されました
大桑城跡の国史跡指定について
令和7年12月19日(金曜)に開催された国の文化審議会において、大桑城跡を国史跡に指定するよう、文部科学大臣に答申されました。その後、国史跡に指定したことが令和8年2月17日(火曜)の官報で告示されました。
市内の国指定文化財としては、重要文化財「白山神社拝殿」(東深瀬)に続き2件目、国史跡は市初です。
大桑城跡について
大桑城跡は、戦国時代に、美濃国守護土岐氏により築かれた山城跡と城下からなる遺跡です。山城跡は古城山(標高407.5m)山頂一帯に築かれており、城域は東西約860m、南北約470m規模で、北東から南西に延びる主尾根筋や、主尾根を挟んで北側の比較的傾斜が緩やかな谷筋を中心に曲輪(くるわ)や石垣などの遺構が遺存します。南麓には四国堀(しこくぼり)と呼ばれる木戸(きど)があり、その内側に城下町が展開する構造です。
諸説あるものの、長良川の大洪水をきっかけに、当時の守護土岐頼芸(よりのり)が拠点を移したと考えられる、天文(てんぶん)4年(1535)から同16年(1547)までの間、守護所もしくは土岐氏の重要な拠点として機能したと考えられます。
指定の概要
【種類】史跡
【名称】大桑城跡(おおがじょうあと)
【時代】室町時代
山城跡で実施した発掘調査では、伝「岩門」において、巨石を使用した石列などを確認し、伝「台所」では庭園跡や丁寧に積まれた石垣を確認するとともに、土師器皿が多く出土しました。谷筋に築かれた曲輪群では土師器皿や日常雑器などの多量の遺物が出土し、居住空間があった可能性が考えられます。
令和2年度から6年度にかけて実施した調査の結果、大桑城跡は、保存状態が良好で、16世紀前半から中頃に機能した政治的空間と居住空間を備えた守護の拠点城郭であることが分かり、戦国時代における守護大名の本拠地の構造を知る上で重要な遺跡として評価されました。

大桑城跡山上部航空写真(南西から)

大桑城跡山麓部(四国堀跡)航空写真(南から)

