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四国堀跡
大桑城下の谷筋をふさぎ止めるように造られた空堀と土塁の跡です。「四国堀」と呼ばれるのは、尾張、伊勢、越前、近江の四つの国の加勢を受けて築いたと伝えられていることに由来しています。
堀の深さは最大4メートル、幅約10メートルで、土塁の長さは約100メートルにわたって残っており、令和8年2月17日、四国堀跡は「大桑城跡」が国史跡に指定されたことに伴い、その一部として指定区域に含まれました。
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大桑城下の谷筋をふさぎ止めるように造られた空堀と土塁の跡です。「四国堀」と呼ばれるのは、尾張、伊勢、越前、近江の四つの国の加勢を受けて築いたと伝えられていることに由来しています。
堀の深さは最大4メートル、幅約10メートルで、土塁の長さは約100メートルにわたって残っており、令和8年2月17日、四国堀跡は「大桑城跡」が国史跡に指定されたことに伴い、その一部として指定区域に含まれました。